エジプト紀行 16日目 日本到着

再び起きた時はシベリア上空だった。気がつけばウラル山脈は通過していたらしい。シートピッチがとにかく狭く、LCCや国内線レベルと変わらないのでトイレに行くにも一苦労。それが隣二人が寝てるとなれば起こして行くにも気が引ける。

シベリア上空を通過してる最中は『20世紀少年』の第1章と第2章を見て過ごす。そしてロシア上空を抜け、あと2時間ほどで成田到着予定となった所で2度目の機内食になった。
JAL帰りの機内食
この時間だとちょっと量が多い軽食レベルだった。日本時間で2時半くらいだったので、そのレベルが妥当だったのかもしれないが。

エジプト紀行 15日目-4 JAL(便名だけアリタリア)に乗って日本へ

完全に忘れ切っていたけど、JAL便は日本人だらけの日本語だけで済む世界である。日本語で会話する事をすっかり忘れていた。席はそのタイミングでは誰も居なかったが自分の着席直後にカップルが座った。こうして座ってみると判るけど、JALのB747-400のシートピッチは凄く狭い。国内線とかLCCのシートピッチと変わらない。なんというか自分の足の置き場で精一杯なのだ。しかもフットレストすら無いし。JALの株だけは買うまいと強く思う。
スタアラの中・長距離便はエコノミークラスでもアメニティーを配るのに、JALはそれが無い。サービスは客室乗務員の心がメインという、役員どもの報酬取上げろ的な状況だ。JALの大株主だった人がJALを見捨てた理由が判る。
機内設備をゲームなどに頼っては駄目だ。身動き取れないシートなんて、エコノミークラス症候群を誘発するだけだ。何でも権利権利と騒ぐキチガイたちの、格好の攻撃対象餌食にされちゃうぞ。

エジプト紀行 15日目-3 ローマ(空港)の休日

着陸予定30分ほど前から客室乗務員に何かを確認する乗客が続出していた。
大体の見当はついているそれはトランジットの時間だろう。乗務員の方が何かをプリントアウトした物を確認しながら、乗客たちと何かを言っていたから。ハッキリ言って自分も不安ではある。
乗り遅れたら、ちゃんとホテル付きで次の便の手配をしてくれるのかとか、人間は間に合っても荷物は平気かとか。自分も聞いてみたら、1時間あるからノープロブレムと。
ま、何かあったらJALの方がとばっちりを受けるわけですが。

定刻の1時間遅れでローマに着陸。着陸後10分以上地上を走るし、サテライトのエプロンに着くと思えばバスだし、バスもすぐ動くと思えば10分近くしてから発車だし。何かとトランジット客の気持ちを煽るだけ煽るアリタリアとローマ空港であった。イタリアのフラッグキャリアなのに、エプロンに着けないとはねぇ・・・
当然バスがトランジットエリアに着くと全員ダッシュ!自分は後発だったがキャリーでなくカメラザックの為、行動速度は手荷物なし同然の人達の次くらいに速い。トランジットの検査場には5番目に入る事ができた。前回は30〜40人くらい居たから時間が掛かりまくっていたけど、今回のトランジットの検査場通過はわずか3分だった。驚異的な速さだ。

エジプト紀行 15日目-2 そこはやっぱりアリタリアだった。

チェックインは出発2時間前から開始された。やはり少し早く来すぎたようだ。チェックインそのものは全く問題なく、荷物も成田までのタグとトランジットのタグが付けられたし、自分の席も全部窓側で確保できた。

そしてパスポートコントロール手前に両替所があったので、ここでかなーり残ったエジプトポンドを再両替する。ローマの空港でワイン買ったり何か食べたりするのには、ユーロが多ければ多いほど良い。
と思ったら、3つある両替所のひとつはユーロもドルも無いと言う出発側なのに外貨が無いなんて!その隣のトーマスクックで聞くと、ユーロのある分だけ両替してくれた。その金額55ユーロでエジプトポンドが23ポンドも戻ってきた。使わないだろうと思ってUS$への両替を頼むとドルは無いと・・・
3件並んだもう1件は人が居ないし。とても国際空港の両替所とは思えない状況だ。フィリピンのマニラ空港では中に両替所が無いという凄い状況だったが、両替が出来なければ同じような状況だ。

エジプト紀行 15日目-1 エジプト最終日・帰国の日

朝5時半には起きてしまった。幸いな事にこのホテルは無線LANがあるからネットをしよう。・・・無線LANのスイッチ切られてる・・・アクセスポイントが消えてる・・・
6時頃にはアクセスポイントが復活していたので、メールなどをチェックする。早朝だけにネットの速度は素晴らしく快適でニュースも株価もガンガンチェックできる。GW明け(自分のようにまだ続くのも居るが)にいきなり横須賀線が止まったとか、日経平均爆上げとか日本時間午前中のニュースを確認できた。

8時頃に朝食に行く。ここの従業員はなかなかつまらんジョークが好きで、
朝からそんな冗談言うなよと思う。「君の朝食は明日だ」とかさぁ〜
ここの朝食はパン3本とチーズ2個とジャム・シャーイだった。ゆで卵は無いんだ〜
朝食
不満があれば外に食いに行っても良いんだしね。アメリカの番組を見ながら朝食を食べる。この床に座って食べる形式って、日本や東南アジアビーチの小型リゾートみたいだ。
食後は部屋に戻って身支度と出発準備と、暇つぶしの筋トレで時間を費やす。出発準備をしなくちゃなと思ったら、口から出たのは「帰り支度したくねーー」だった。
いつの間にやらエジプトにハマりつつある自分に驚き。
ただメンドクサイだけなのかもしれないけど、カイロ(ギザ)・ルクソール・アスワンのナイル三都物語しかやってないから、物足りないのは承知。

エジプト紀行 14日目-5 エジプト最後の夜

本日は自分の誕生日だ。ケーキが無いのはいいとしても、華やかさが欠片もないのも寂しい。
土産のロゼワインを買った時に一緒に買ったハイネケン1本だけじゃぁ。エジプトの食事もまだ食べていない物があるし、最後にこちらのアイスをもう一度食べておきたい。
地獄をくぐりぬけて来た自分へのご褒美(痛笑)

気づいたら20時を回っていた。余り遅くなると太ってしまう。せっかく灼熱地獄の中でと言うか『精神と時の部屋』じみた世界で修行してやせて引き締まったのに、遅くまで食べて太ったら元の木阿弥だ。
外に出ると涼しいと言うか肌寒く感じる。これが慣れというものなのか、あの夜まで暑かったルクソール・アスワンとはえらい違いだ。カイロではスーツにネクタイのビジネスマンを良く見るがこの気温だったら着ていられるな。
アスワンで着ていたら半日でミイラだな。

近くのレストランが集まっている所に出て、食事する内容を考える。最終の夜なんだから絶対に食っていない物で食べたい物、エジプト料理で1品だけ心残りがある。
それはタジン料理と言う壷焼き料理で、『歩き方』の写真でしか見たことが無い。どこで食べられるかなーと探すまでも無く、以前カイロ滞在中にローストチキンを初めて食べたオープンレストランで、ターゲン料理を食べている白人達を見つけた。もうこれで決まり。
空席はあるのでタジンを注文する。「ターゲン」といっても発音の問題で通らなく、「タギィゥン」と店の人は発音してた。何とか理解してもらえてよかった。

エジプト紀行 14日目-4 カイロを存分に練り歩く その2

食後出来るだけ西に歩いていってみる。途中から高架橋になっていて歩いていくのは断念。やはりタクシーしかなく、捕まえやすそうな場所まで移動して、1台のタクシーを捕まえる。
乗る前に値段交渉をしっかりして、10ポンドで行ってくれることになった。
ドイツ人のおっちゃんから聞いていたが、今は5ポンドではどこも乗れない。10ポンドからだと教えてくれていたからいい参考になった。
タクシーは快走してハーン・ハリーリに到着。途中上り坂で故障したタクシーを見たり高架橋を歩いていく男性を見たり。日本じゃ滅多な事では見られない光景があった。

ハーン・ハリーリのスークはなかなか面白いと、一歩入り込んだときからそう思った。活気が有ると言うよりモスクが周りに建ち、周りが神聖なのにスークだけが混沌だった。このギャップがまた良い。楽しい。
客引き達とのやり取りもおちょくり合いが面白い。真剣に買おうかどうか悩むと完全に負ける。そんな感じだった。こういう所は大好きだ。
ハーン・ハリーリ1

エジプト紀行 14日目-3 カイロを存分に練り歩く その1

暇つぶしと言うか見所第2弾。オールドカイロに行ってみる。
タフリール広場の地下鉄駅から4駅で到着。駅の目の前がオールドカイロ地区だった。
オールドカイロはキリスト教の一派であるコプト教の地区。博物館にはもう入るつもりはないし街を歩くとすぐ終わってしまった。土産物屋スークも高級系の為、活気が無く店も静か。
見る所無いなぁと思っていたら、怪しげな地下通路があり、そこから別の場所に行ける事に気づいた。『歩き方』のマップには掘割とある。立派な通路ですよ。降りると味のある路地があった。
オールドカイロ

この雰囲気好きだなと思い、ガンガン奥へ進む。回りは教会と土産物屋だけ。一番奥にあるシナゴークと警官達が教えてくれた所に出る。『品川区』と聞こえたが、それは空耳。
入場料取られるなら入るつもりは無かったが、ここの地区は博物館以外は入場無料のようだ。遠慮なく入る。セキュリティチェックがあっても、日本人だと大抵素通りだ。荷物チェックすらない。
信用されてます日本人。海外に出るときこそ、恥の掻き捨てでは無く襟を正さねばなるまい。

エジプト紀行 14日目-2 私の誕生日に何をする

本日自分の誕生日。メールでコッチ時間で前日にお祝いメールをもらっていたが、夜行列車で夜明かしする誕生日は初めてだった。
ジャングルリベンジでは、大泉洋が誕生日だというのに騙されてマレーシアジャングルに連れて来られた事を考えれば、ずっと幸せだ。
『どうでしょう』といえば、ミスターこと鈴井さんも同じ誕生日だ。

歩いてダウンタウンまで移動してきた。ルクソールの朝は涼しかったが、カイロの朝はやはり涼しい。既に9時を回る時間帯だが、まだまだ涼しい。涼しいって素晴らしいと思う。暑さで死に掛けたから切実にそう思う。それでも既に20数度のようだけど。

今回は歩き方とロンプラにも載っている、『King Tut Hotel』にした。決め手は前回の宿より20ポンド安い事と無線LAN無料に大いに惹かれた。ホテルの入っているビルに着いて、エレベーターに乗ろうとすると1台のエレベータを清掃していた爺さんが「10ポンド」と言ってきた。当然無視して隣のエレベータに乗るだけ。複数のエレベータが有って良かった。

エジプト紀行 14日目-1 アベラエジプトの寝台車に乗って その3 翌朝編

振動が激しくて眠れない事もあった。揺れるというよりは、確実に線路が貧弱だから伝わる振動。ベッドもマッサージチェアならぬマッサージベッドといった振動がかなりあった。それで体がほぐれたかと言うと、そんな事は欠片もない。
6時頃には完全に目が覚めて、車内をうろついたり、『世界の車窓から』動画を撮ってみたりする。
ルームパートナーのおっちゃんは大いびきで爆睡中だ。

7時になり担当車掌がドアをたたく。あと10分で朝食というお知らせ。放送でない所がスマートと言うか高級感と言うか。ただおっちゃんは爆睡中で多少起こされたが目覚めていない。車掌が教えてくれたが、あと1時間でカイロ到着だとの事だ。たしか7時到着って言ってたような。
遅れているのかもしれないが、8時だと体は楽だ。カイロの地下鉄がラッシュアワーのような気もするのだが・・・
朝食を配るため、おっちゃんがたたき起こされた。殆ど問答無用状態。出された朝食は安宿の朝食と余り代わり映えしない。写真に撮って記録しておきたいと全く思わない内容。
パンしかないんだもの。同じパンではなくクロワッサンに食パンにアンパンの餡なしのパン。それとカステラだった。この食事もコーヒーを飲んだが、カップが小さくなっており、これで5ポンドはやだなぁと思っていたが、朝食のコーヒーはサービスだった。
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